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英霊剣豪7番勝負 登場人物解説⑧(妖術師)

まさかこの人とは
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アポクリファの致命的なネタバレは避けてます
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天草四郎時貞
人物
初登場作品:Fate/Apocrypha
声優:内山昂輝
身長:169cm
体重:59kg
出典:史実
地域:日本
属性:秩序・善
隠し属性:人
イメージカラー:銀灰色
特技:洗礼詠唱
好きな物:人類
苦手な物:暴走する人間
天敵:ジャンヌ・ダルク
デザイン:近衛乙嗣
設定作成:東出祐一郎

一見するとまだあどけなさの残る面貌と人当たりの良い穏やかな好青年だが、その笑みからは年齢に見合わない超然的で達観した雰囲気を醸し出しており、その振る舞いが妙に計算的に見えることがある。また彼の佇まいには戦場に似つかわしくない謀略の臭いが染み付いており、程度の差はあれども表面上は同じ陣営の仲間である獅子劫や赤の陣営のサーヴァント達からさえも不信感や警戒心を抱かれている。

生前の島原の乱の折、民と、民の信じる神の嘆きを聞き、重税と弾圧に苦しむ人々を一人でも救いたいと考え続けたが、その結果戦う意志を見せて敗北するのが最善である「勝ってはいけない戦い」であることを理解しながらも制圧軍の一部に勝利してしまい、本腰を入れて一揆勢を攻撃した幕府軍によって四郎自身も含め愛する人々を尽く惨殺された。彼らを救えるならば自分の命を喜んで投げ出す覚悟を持っていた彼だったが、それでもどうにもできなかった現実と、大局を取ることを決断できなかった後悔から、人間を救うのではなく人類を救うことで全てを救うという願いを抱くようになる。

全ての救済のため、「人間は嫌いだが、人類を深く愛する」そのように自分の心を歪ませるという考えに至る。島原の乱で人間の邪悪で残酷な一面を見た事が強く心に残っており、また自身が体験した第三次聖杯戦争とその直後に起きた第二次世界大戦の出来事を見てその想いをより強く持つようになる。

仲間たちの魂の鎮魂のために戦いという愛や悲しみも、仲間や家族を殺した敵への憎しみや怒りを持たなかったわけではなく、悲劇を生み出し続ける人類という機構への憎しみがなかったわけでもない。しかし大いなる目的のために60年を掛けてそうした思いを捨て去り、人類への憎しみも、人間への愛も憎しみも信じる心も置き去りにし、必要とあらば自分自身さえも裏切って見せるような精神性を身につけた。そうして多くの無辜の命を踏みにじってでも必要な要素を手に入れようとし、敵対する者は容赦無く駆逐する鋼鉄のような意志を以って信じる道を進み続けた。そのエゴも、傲慢さも理解しながら、それでもそう在ろうとし続け、悩み考えながら救済を求め続けている。

このように、他者から非難されるような手法や策略を用いてでも自分の理想を叶えようと、その真意や本性を滅多に明かす事無く暗躍する彼であるが、人間関係に置いては他人と強固に壁を作るというよりかは、常に他者との距離をギリギリ敵対関係にも親しい関係にもならないようにするタイプであり、マスターとの関係も極めて穏当なものに留まる。
しかし、それでも彼の中での最優先事項は聖杯の願望を叶えることに変わりはなく、どれほど親しくなろうとも、マスターが自分の理想や考え方を受け入れてくれない限りは容赦無く粛清の対象とみなす。しかし、逆に彼の意見や思想に賛同してその力を振るう者、そして夢を託すに相応しい人間だと認めた者に対しては、喜んで自分の命さえも差し出す。
基本的には誰にでも柔和で礼儀正しい態度を崩さないため、律儀で堅苦しく真面目な所が非常に目立つが、『Fate/Grand Order』では仮面を被ってノリノリで遊んでいたり、自分が胡散臭く見えることを自覚した上で手作りクッキーをくれたり、オリオンのバレンタインのお返しのお菓子で遊んでいたりと、外見年齢相応に遊び心を見せる時もある。

能力
生前は特異な魔術回路を生まれつき持っただけの魔術使いに過ぎず、生前の「奇跡」も全て魔術によるもの。そのためサーヴァントとしての能力はさして使い道のない宝具と平凡な能力を駆使する事が出来る程度である。本来サーヴァントとして召喚されるとしたらキャスターとして召喚されるとのこと。戦闘において、黒鍵と日本刀を武器とする。黒鍵は一度標的に弾かれても、再度標的に襲い掛かるよう術式が組み込まれており、刀身を伸ばして即席の壁を作り出すことも出来る。

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宝具
いずれも彼が生前に起こした「奇跡」が信仰によって宝具と化したもの。
「奇跡」の正体は単なる魔術であり、この宝具の効果も「あらゆる魔術基盤に接続し、どんな魔術でも使えるようになる」という程度である。汎用性こそ高いものの、聖杯戦争という場においては戦闘補助程度にしかならず、これらだけでは決め手に欠ける二流サーヴァントに過ぎない。例えキャスターとして召喚されてもメディアのような一級魔術師には絶対に叶わない程度の代物でしかない。

左腕・天恵基盤(レフトハンド・キサナドゥマトリクス)
ランク:D
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:1
天草四郎が起こした数多の奇跡を再現する左手。
本来、シロウが持っていなかった力だが、宝具が持つ「奇跡の再現」という形で彼の肉体に顕れている。
右腕同様、自身を対象とした対人宝具で、シロウの肉体に対する補強・強化を行う。
「あらゆる魔術基盤に接続する」能力の他、スキル『心眼(偽)』に類似した効果を与え、右腕と合わせて洗礼詠唱を強化する。
また、この宝具には対象者を「不老」にする効果があり、この効果によって彼は受肉しながらでも半世紀以上の時を耐えることが出来た。
大聖杯掌握時には「左腕・縮退駆動(レフトハンド・フォールトトレラント)」として右腕の機能を転写しスペックを縮小させつつ左腕一本で賄えるようにする力を使った。

右腕・悪逆捕食(ライトハンド・イヴィルイーター)
ランク:D
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:1
天草四郎が起こした数多の奇跡を再現する右手。
本来、シロウが持っていなかった力だが、宝具が持つ「奇跡の再現」という形で彼の肉体に顕れている。
戦闘において自身の補助を行う対人宝具であり、シロウが保有する「未来視」などの特殊能力を強化・支援する。
「あらゆる魔術基盤に接続する」能力の他、スキル『心眼(真)』に類似した効果を与え、洗礼詠唱を強化する。
 大聖杯掌握時には「右腕・空間遮断(ライトハンド・セーフティシャトダウン)」として「右腕・零次集束」の発動準備を行った。

双腕・零次集束(ツインアーム・ビッグクランチ)
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:1~200
最大捕捉:500
両腕を霊脈へと接続し、両腕の魔術回路へ過剰な魔力を加えて暴走。擬似的な暗黒物質を精製し、周囲のあらゆる存在を取り込む破滅型宝具。あまりに膨大な魔力を必要とするため、本来は宝具として使用することは不可能。
宝具として完全に駆動するためには、マスターとは別に何らかの形で魔力供給路が確立されていなければならない。

型月史
江戸時代初期に起きた一揆、島原の乱で指導者を務めた少年。
半生のほとんどは謎に包まれているが、幼少期から学問に傾倒していた彼はある時期を境に様々な奇跡を起こし始める。
傷を癒し、水の上を歩いた彼はやがて神の子として禁教を信じる農民たちから熱心に崇められ始める。
やがて、彼を指導者とした小西行長の旧家臣らによって江戸幕府への叛乱軍が成立し、当時苦境に喘いでいた島原の農民たちと共に大規模な叛乱、島原の乱を起こした。当初は一揆を甘く見ていた江戸幕府も、送り込んだ討伐軍が打ち負かされたために本腰を入れ、老中松平信綱を総大将として送り込んだ。
松平信綱は原城に立て籠もった一揆軍を兵糧攻めに持ち込み、食料弾薬が尽きた頃を見計らって総攻撃を始めた。
ただ一人の内通者を除いて三万七千人の一揆軍が幕府軍によって皆殺しにされ、天草四郎も斬首された。

今でこそ美少年として扱われる天草四郎だが、これは島原の乱から70年以上経過した享保年間に流通した近世軍記「田丸具房物」の影響が強く、実際のところ島原の乱の収束前後数年以内に成立した史料で四郎の容貌に言及されたものは少ない。
容姿どころか島原の乱に参加する前の経歴や出自についても謎が多く、様々な異説が存在する。

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史実
江戸時代初期のキリシタン。島原の乱における一揆軍の最高指導者[1]とされている。
本名は益田 四郎。諱は時貞。洗礼名は当初は「ジェロニモ(Geronimo)」であったが、一時期表向きの棄教をしていたためか、島原の乱当時は「フランシスコ(Francisco)」に変わっていた。一般には天草四郎時貞という名で知られる。
生涯については不明の点が多いが、生まれながらにしてカリスマ性があったという。また、経済的に恵まれていたため、幼少期から学問に親しみ、優れた教養があったようである。小西氏の旧臣やキリシタンの間で救世主として擁立、神格化された人物であると考えられており、様々な奇跡(盲目の少女に触れると視力を取り戻した、海面を歩いたなど)を起こしたという逸話もある。もっとも、このような類の逸話は、イエス・キリストが起こした奇跡として新約聖書の四つの福音書にも多数書かれており、上記の逸話は四郎の名声を高める目的でこれら福音書の言い伝えを参考に創作されたと見ることもできる。

寛永14年(1637年)に勃発した島原の乱ではカリスマ的な人気を背景に一揆軍の総大将となる。戦場では十字架を掲げて軍を率いたとも伝わるが、四郎本人はまだ10代半ばの少年であり、実際に乱を計画・指揮していたのは浪人や庄屋たちで、四郎は一揆軍の戦意高揚のために浪人や庄屋たちに利用されていたに過ぎないと見られている。
一揆軍は当時すでに廃城となっていた原城に立てこもり、3ヵ月に及ぶ籠城戦を続けたものの、最終的には食料も弾薬も尽きて原城は陥落し、一揆軍は幕府軍の総攻撃によって全滅させられた。この時、四郎も原城の本丸にて幕府方の肥後細川藩士・陣佐左衛門に討ち取られたと伝えられる。四郎の首は、原城三の丸の大手門前、そして長崎出島の正面入り口前に晒された。なお、このとき幕府側には天草四郎の姿や容貌の情報が全く伝わっておらず、幕府軍の陣には四郎と同じ年頃と見られる少年たちの首が次々に持ち込まれたものの、幕府軍はどれが本物の四郎の首であるか分からなかったため、以前から幕府軍に捕えられていた四郎の母(洗礼名:マルタ)にこれらの首を見せたところ、母は陣佐左衛門が持って来た首を見て顔色を変え、その場で泣き崩れた。これにより、幕府軍は佐左衛門が持って来た首を四郎の首と断定したという
(wikipedia型月wikiより一部引用)
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